いつかのクリスマスに、あたしはあいつを泣かしたことがあった。
まだ、あたしの方が全然背も高くって、力も強かった頃のこと。
あいつがサンタクロースにお願いなんてしてるもんだから、「馬鹿じゃねえの」って言ったらそれっきり。
「サンタなんていないんだよ。それはお前の親父だよ」が、とどめだったかな。
大泣きはじめて、一週間はめそめそしっぱなしだったらしい。
でもさ、あたし現実を教えてあげたんだから間違ってないよね?
…たぶん。
それは、もう、何年も前の話。
「お」
「あ」
「何やってたんだよ。遅くね?」
「あんたこそ。帰宅部のくせに」
夜10時の学校は、しんと凍って、いつもと違う顔を見せる。
でも、練習のお陰で毎日これを見る私は、この顔がそんなに嫌いじゃない。
「俺は、まあ、その…。色々だよ」
「どうせ説教でもくらってたんだろ。ばあか」
図星なのか、何なのか。
数年前とはスラリと変わってしまった隣の男の子は
首もとのマフラーに顔を埋めた。
「ま、でも、こんな夜遅くても、お前を襲える痴漢なんていねえか」
「当たり前だろ。返り討ちにしてやるよ」
笑ったら頬の動きがいつもより鈍くて、今いる環境の寒さに気付いた。
見上げると、遠い遠い空にはいくつかの光の点が浮かんで、
それは今にも結晶となって落ちてきそうだった。
「ま、クリスマスに出現する痴漢もいねえか」
そいつが、
あまりにも さらり というもんだから。
あたしは一瞬その重大性を見逃しそうになったのだ。
「ク、クリスマス!?……って今日だっけ?!」
「あ?何焦ってんだよ。一緒に過ごす予定の男でも拾ったのか?」
「馬鹿!ってゆーかあんたこそ!お、織姫に誘われなかったの!?」
まったくの他人事なのに、そこまで焦ってしまうあたしも、大概人が良いと思う。
他人の、クリスマスの予定を気遣うなんて。
でもそれは、あたしの大事な親友と、
あたしの大事な……幼馴染の男の子のことだったから。
「誘われたけどな、クリスマスは毎年バカ家族のお祭り騒ぎに付き合わなきゃなんねーから断ったよ」
恋人候補かもしれない女の子の誘いより、家族との約束をとったそいつに、
あたしはほとほと呆れてしまった。
「…どんな高校生だよ……」
「あ?てか、お前も来るんだろ?多分親父達がケーキ用意して待ってるぜ」
マフラーの下に隠れた口角が、ニヒルな笑いを演出するのに上ったのにあたしは気付いた。
「…行く、けど、ね」
黒崎家のケーキ美味しいし、なんて呆れ続けた調子で答えたあたしに
「…ケーキの前に、サンタクロースからの贈り物 だ」
なんて言いながら、あたしの凍りついた頬を包むようにあいつが
自分のマフラーを私に巻きつけていくもんだから。
馬鹿じゃねえの、
って言おうとしたんだけど、想像以上にそれが暖かかったもんだから
思わず笑ってしまった。恥ずかしいことに。
「その年でまだサンタクロースなんて信じてんのかよ」
ガキのまんまだな。
「さあな」
でもね、一護クン。
クリスマスの贈り物が暖かいのは、それがサンタクロースからの贈り物ではなく
サンタクロースになろうとした、人から人への贈り物だからだと
あたしは思うわけなのだが。
だって、ほら。現にこうして繋いだ手も、暖かいわけでしょう?
口元を隠すものを失った男の子は、小さい頃のように泣きはせずに、少しだけ顔を赤くして
あたしの手をしっかりと握った。