わたしには恋人ができて
でもそれは友達も先輩も家族もしらないひと。


彼はぬくまちくん、といって
街でわたしに声をかけてきたひとなのである。

彼はぬくまちくん、なんだけど
きっとぬくまちくん、では無いだろうと言う。彼が。


彼がわたしと会わない間、なにをしているのかは私は知らない。
彼の家族構成も彼の年齢も、彼の本名も。

でも逆にわたしも彼にはなにもおしえてはいない。
おしえてはいけないことになってる。
だからわたしは彼にわたしを“ささこ”と名付けた。


“なにも知り合わない男女の間に大恋愛は発生するのか”を調べたいそうだ。
ぬくまちくんは。
その相棒に、わたしを選んだそうな。
「多分むりじゃない?」といったら
「その疑問符をけすためにやってるんだよう」と怒られた。
ぬくまちくんは怒ってもべつにこわくなかった。


彼はぼろぼろのスニーカーを履いていて、
「いい加減買い代えなよ」といったら、
「実は代えは持ってるんだ」と
カバンの中からオニューのスニーカーをだした。
靴が本当につぶれる瞬間まで、履き続けていたいのだそうだ。

それを聞いた2週間後、本当に彼の靴はもう無理なくらいぼろぼろになって、
するとなんということか、彼の前には靴を履かないみすぼらしい少年があらわれた。
そんなこと、あるはずもないのに。
ぬくまちくんは少年にオニューのスニーカーをわたした。
「いいの?」って聞いたら
「おれはこの靴があるもん」と言った。
ぬくまちくんは自分のことを“おれ”といった。


ぬくまちくんはボートに乗るのがすきで、
よく二人で湖にいった。
するとなんということか、たびたび私たちが乗るボートには湖の中から髪の長い貞子みたいな人が現れて、
その度に彼は彼女達の髪を切ってあげては
「その方がいいよ」と笑った。
でも、ぬくまちくんは髪をきるのがへただった。




ある日わたしは尋ねてみた。
どうしてあたしを選んだの、って。
あの日、街にはそれこそ数え切れない数の女の人がいて、
すると彼は少し考えて答えた。
「うーーーん。面白い顔だったからかなあ」

そりゃないぜ、ぬくまちくん。

 

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