あたしは偉そうに笑ってた。偉そう?…偉そう。うん、偉そうだったのかもしれない。
薬指を飾るプラチナリングに唇を寄せて笑った。
「これはね、精神安定剤」
「精神、安定剤?」
彼が顔をしかめるのも当然よね。そんな薬、きっと誰にも効かないのだから。
竹内緑以外には。
「そ、あたしという人間が、人並みに恋愛を出来てるってことを第三者や、二者、なにより、あたし自身に示すため」
あたしは彼の眉間の皺の数を数えるのに夢中。
「そ、れは……」
あたしは、嘘を言ったつもりもないし、真実を言ったつもりも無い。
本当は、嘘なのか本当なのか、あたしにも判らなくなっているということだけ。
あたしは恋愛から逃げたのか、恋愛を捨てたのか。
目の前にいる、冴えない新聞配達の青年を、毎朝待ってしまうのは
恋心からくるものなのか、違うのか。
ただ――――
「恋愛ってことを中心におくと、あたしの毎日には幸せはないから」
「だからってそれに向けて努力する気もないし、そんなに若くもないし」
「ただ、安心させたいの。自分を。自分の、心を」
そんなんで、ほんとうにいいんですか。
と言った彼の言葉は、全部ローマ字に変換して、あたしは聞こえないふりをした。
“sonnande,hontouniiindesuka.”
じりりりりりりりりりりり!
今日だって、けたたましく時計は鳴り響く。
時刻は朝7時。8時に部屋を出るには丁度良い起床時間。
歯を磨いて、顔を洗って、御飯を食べて、勤務服に着替える。
いつもと同じ時間、いつもと同じ行動。いつもと同じ平穏。
恋愛なんて観点を持ち込まなけりゃ、そう、あたしはこんなに幸せ。
“sonnande,hontouniiindesuka.”
朝、最後の仕事は食べ終わった食器を洗うこと。
その頃テレビはいつもの星座占結果いを教えてる。
『今日の一位は――――』
“sonnande,hontouniiindesuka.”
耳に残る雑音が邪魔をする。
煩い、煩いなあ。もう。
“sonnande,hontouniiindesuka.”
『今日も元気にいってらっしゃい』
“sonnande,hontouniiindesuka.”
あいつのせいで、聞き逃した。
あいつのせいで、聞き逃した。