次に感じた違和感は、今までのそれとは違うものであって。
“どうしたんですか?左手の指輪は?”
残念なことに、僕は図々しい性格をしていなかったので、そんなこと直接聞けるはずもなく、
彼女に気付かれないように薬指の在りかを凝視しながらも、
いつも通り新聞を手渡した。
「燃えるゴミよ」
彼女は気付かない。
君の昼の顔を見たぼくの心が、どんなに騒いだか、なんて。
君の左手にあったはずの指輪が見当たらなくて、どんなに心が騒いでいるか、なんて。
「だから、燃えるゴミじゃ、ないですって・・・」
動揺が声に現れるのは、自分でも判った。
僕は図々しい性格はしていなかったけれども、幾分、嘘をつけない性格だった。
彼女は僕の声の動揺に気付いたのだろうか、僕には判らないが、
「あら?じゃあ燃えないゴミ?残念ね、燃えないゴミの日は昨日だったの」
そう言って、左手の甲を僕に見せた。
彼女が、何をしようとしているのかなんて判らない、判るはずが無い。
そんなの、前からだ。彼女と出逢った日から、ずっと。
「燃えない、ゴミ・・・・?」
「そ、燃えないゴミ」
新聞が?それとも、指輪が?どちらにしたって
「燃えないゴミじゃ、ないですよ」
新聞だって、指輪だって、
彼女にゴミとして出会ったわけじゃない。
「燃えないゴミよ」
そんな風に、捨ててしまうのか?
「燃えないの、全然」
何を?なにを?
捨てられるのは、何だ?燃えないものは、ナンダ?
彼女は静かに立ち上がった。
いつも見た姿は、蹲ったような格好だったから、
近くに並ぶと思ったより身長が高くて驚いた。(尤も僕が男子にしては低いのもあるけれど)
見下ろしてばかりいた彼女の顔。
今は、こんなにも近い。
「新聞紙は燃えるゴミ、婚約指輪は燃えないゴミ。分別表、読んでないの?」
だめね、
最後にそういって不思議に笑って、彼女は部屋の扉を閉めた。
がちゃん――
古いアパートの扉は開閉するときの音がひどく大きい。
今まで去っていたのは僕だった。付き返された新聞をため息をついて受け取って、
彼女のほうなんか見もせずに次の配達場所を探していた。
はじめて僕の前から彼女は去った。扉を閉めた。がちゃん、と大きな音がした。
彼女が最後に触った今日の朝刊をぎゅっと握り締めて
矢張り、女性の朝の顔は真近くで見るもんじゃないな、と僕は思っていた。
だって肌はぼろぼろで、目やにだってついていて、とても見れたもんじゃなかったから。
明後日からようやく学校が始まる。この仕事も今日でおしまい。
今までより、ゆっくりとした朝をむかえられるって言うのに
そこにはゆっくりとした朝に必須の新聞紙が無い。
でも簡単だ。月3千円払えば毎朝届くんだ。
でも僕はきっと契約しないと思う。新聞なんて、読まないだろうから。
学生の朝は慌しいというけれど、僕は朝寝坊はしない性質の人間なので、比較的ゆっくりしている。
歯を磨いて、顔を洗って、朝食のトーストをむしゃむしゃ食べて、牛乳を飲む。
毎朝、同じ。同じ顔、同じ声、同じ動き。
窓から外は陰ったり輝いたりしながら、それでも朝を知らせる。
テレビの中のお姉さんは同じ顔で言う。
『今日も元気にいってらっしゃい』
今日は僕の星座が一位だった。