はじめて、朝以外に彼女を見てしまった。
見た、のではなく、見てしまった。
なんだか、僕の中では、あのじめっと湿った蛍光灯の光の下でしか、彼女は存在しないもののようになっていたからだ。
僕に強気の笑顔で新聞を突き出すときの彼女は、
化粧もしておらず、髪だってぼさぼさで、けして色気があるとはいえない様な布地のパジャマを身につけて。
あまりに特異な存在だったから、どこか自分の中でカリスマビジュアル化していたのかもしれない。
よくよく考えれば、誰もに共通する、人間の朝の顔だったってのに。
そんな、僕にとっては“朝の顔”でしか無かった彼女が
太陽が爽やかに街を照らす時、ちゃんと昼の顔をしているのに驚いた。
もしかすると、すこし寂しかったのかもしれない。
薄くは在るけれど化粧はちゃんとしているし、服だってちゃんとアイロンをかけているんだろう、
皺一つないスーツ姿だ。
我がままで理不尽な彼女は、大人の顔をしていて、
きっと一般には、確かに魅力的な顔なのだろうけれど、僕はそんな彼女をみて気付いてしまったのだ。
ぼやぼやした、けして魅力的とは言い難い彼女の朝の顔に、僕はどれだけ心動かされていたのだろうと。
昼の彼女は、僕を見つけなかった。
きっと、昼の彼女の眼は僕を映さないように出来ているんだろう、と思った。
それ程、彼女は人間としてきちんとしていて、
朝、新聞配達のアルバイトをしている以外に何の価値も無い学生の僕なんかとは、とてもじゃないが世界が違う気がした。
今の彼女を見ると、左手の指輪にも理解が出来た。
違和感なんて生まれるはずがなくて、プラチナの輝きに負けないくらい、彼女も輝いてる、なんて。
歯の浮くような言葉が出てしまうことに恥ずかしくなった。
明日の朝、僕はどんな顔をして彼女に会うんだろうか。
「昨日、お昼に見かけましたよ」なんて、
とてもじゃないけれど、気軽には言えない。